環軸椎不安定症        (Atlantoaxial Instability)

[背景]
 環軸関節とは、第一頚椎(環椎)と第二頚椎(軸椎)からなる関節であり、椎骨の中で唯一椎間板が存在せず、軸椎の歯突起を中心として頭部の回旋運動を担う構造をしております。環軸関節の安定性は、歯突起に付着する歯尖靭帯、翼状靭帯、横行靭帯および軸椎の棘突起から環椎背弓に付着する背側環軸靭帯などの種々の靭帯により、通常は強靭に保持されております。

左:正常な環軸関節の3D-CT再構築像 右:正常な環軸関節のCT 矢状断像

 環軸椎不安定症は、この構造の不安定化により脊髄の損傷が起き、それに伴い、軽度の場合は頚部の疼痛やこわばり、重度すると、歩行時のふらつきや四肢の麻痺および呼吸異常などの様々な症状が認められます。

[病態]
 環軸椎不安定症は、環軸関節の先天的な形成異常(歯突起の形成不全および未癒合、環椎の骨化不全など)や後天的な異常(骨折や靭帯断裂など)により、環軸関節の亜脱臼が誘発されることで、脊髄の圧迫損傷が引き起こされる疾患です。

 若齢の小型犬種に好発し、特にチワワ、トイプードル、ヨークシャーテリア、M.ダックスフンドなどで多くみられます。約50%の症例は1歳齢未満ですが、高齢での発症もみられます。

 歯突起形成不全は、環軸不安定症罹患犬の75%で認められるとの報告があります。

歯突起に異常がある環軸椎亜脱臼症例の3D-CT再構築像
左:歯突起の骨折 右:歯突起低形成

先天性の場合:
 骨端成長板の閉鎖異常の為に歯突起の発育障害が起こりやすく、歯突起成長板の早期融合、部分的融合、融合不全が歯突起の変位、低形成および無形成の原因となります。
 歯突起は環軸関節の安定性に重要な役割を果たしているため、歯突起の欠損や奇形あるいは靱帯の付着がない場合、背側環軸靱帯が頭部の屈曲に関する全ての外力に耐えなくてはならないため、靭帯が脆弱化し、最終的に断裂を引き起こし、その結果、環軸関節の不安定症が生じます。
 歯突起の先天性奇形による脱臼の場合、一般的に臨床症状は軽度なことも多く、慢性的に神経症状が進行していきます。無症状の先天性奇形を持つ動物において、軽度な外力が原因で急性に重度な臨床症状を引き起こす可能性もあります。
現時点では研究段階ですが、環椎背弓の骨化不全(骨の欠損や低形成)がある症例も意外と多く、これらの症例では、 仮に歯突起に異常がなくとも、環椎背側靭帯の付着部が脆弱化していることで、環軸関節に緩みが認められ、慢性的な負荷がかかり続けることで、黄色靭帯の肥厚に伴う背側からの圧迫(Dorsal Compression)がみられたり、些細な外力が加わることで、亜脱臼が引き起こされることがあります。

CT環椎横断像 左:正常な環椎背弓 右:環椎背弓の骨化不全

外傷性の場合:
 頭部に腹側方向への力が加わった場合、はじめに環椎後頭関節が限界まで屈曲し、その後、環軸関節に力が加わるようになります。さらに頭部が屈曲した場合に、背側環軸靱帯、翼状靱帯、歯尖靱帯、横行靱帯が伸展するか、あるいは断裂し、次に歯突起、軸椎の棘突起の背側あるいは頭側の骨折と様々な傷害が合併して不安定症が起こります。
 無傷の歯突起を持つ犬における軸椎の骨折は、歯突起と体部の結合部位において軸椎の骨折を引き起こす傾向にあります。無傷の歯突起を持つ動物における脱臼の場合、重度の脊髄圧迫を持つため、呼吸不全から死亡するケースもあります。

[症状]
①頚部痛による頚部のこわばり(元気がない、頚部を動かしたがらない)
②頚部を屈曲することを嫌がる
③歩行時のふらつき
④四肢麻痺
⑤呼吸筋麻痺

[診断]
臨床症状、神経学的検査、X線検査、MRI、CT検査により診断します。

神経学的検査:
上位運動ニューロン兆候を示します。

X線検査:
軸椎の背側変位、環軸関節背側の間隙の拡大、歯突起の形態などを評価します。
ストレス撮影は診断に有効な手段ですが、すでに亜脱臼している症例では、細心の注意が必要です。

環軸椎不安定症例の単純X線検査(ストレス撮影) 左:伸展位 右:屈曲位
頭部を屈曲させると、環椎-軸椎の背側間隙が明らかに拡大している。

CT検査:
後頭骨から上位頚椎に発生する骨の形成異常を評価するうえでは、3D再構築したCT画像が非常に有用です。

代表的な形成異常としては、
後頭骨形成不全、環椎後頭部オーバーラッピング、環軸椎亜脱臼、歯突起形成不全、環椎骨化不全etc.

3DCT 再構築像(矢状断像) 左:正常症例 右:環軸椎亜脱臼症例
右側のCT写真では、軸椎の背側変位が顕著である。また、歯突起先端には遊離した骨片も確認される

MRI検査:
MRIを撮影することで、脊髄の圧迫の状態や脊髄の炎症の程度が詳細に評価できます。
また、環軸椎不安定症が存在する症例では、水頭症、脊髄空洞症などを併発していることも多く(頭部頚椎接合部奇形;CJA)、これらも併せてMRIを撮ることで術前に診断することが可能であり、これらは術後の予後を予測するうえで、非常に重要です。

MRI T2強調画像 正中矢状断像 左:正常症例 右:環軸椎亜脱臼症例
右側のMRI写真では、軸椎の背側変位により、重度な脊髄圧迫所見が認められている。
更に、脳室の拡張、小脳尾側部の圧排、脊髄中心管拡張を疑う所見も認められる。

[治療法]
内科療法:
消炎鎮痛剤とネックブレス(ギブス)の併用です。消炎鎮痛剤により一時的に痛みは緩和しますが、完治は期待できないと考えられています。
環軸椎不安定症を手術するためには、6ヵ月齢以降が望ましく、それよりも若齢で発症した場合には、基本的には6ヵ月齢になるまで、内科療法を選択することもあります。

外科療法:
背側固定術と腹側固定術が行なわれてきましたが、現在は腹側固定術が推奨されています。当院においては、インプラント(スクリュー。陽性スリルドピン、骨セメント)を使用して、腹側固定術を実施しております。外科療法の目的は、環軸関節の安定化であり、最終的には同関節が骨性癒合することを目標としております。

術後X線検査 左:側方像 右:腹背像
1997年にSchulzらの報告に若干の改良を加えた術式にて、腹側から安定化を行う方法で実施している。